Hanatani Garden Works

庭は二度見ると深くなる

南禅寺小方丈庭園で気づいた設計の流れ


庭は、一度見ただけでは分からない。
南禅寺の庭を巡って、それを強く感じました。

さすがに御所から移設した建築とあって、庭を巡る回廊は意外で、優雅でした。

小方丈庭園の如心庭、六道庭、蓬莱神仙庭と
それぞれ規模は大きくありませんが、
印象はどれも違っているものの、統一感も感じます。

共通して感じることは、
どの庭もシンプルに設計されているということでした。


実際の庭の様子は、写真で見るとさらに伝わります。
南禅寺方丈庭園の写真はインスタグラムに載せています。
こちらからご覧ください
https://www.instagram.com/hanatanigardenworks/



小方丈庭園(如心庭)ー石と松一本の庭

如心庭は、石組と奥に一本の松だけ。

情報量が極端に少ない庭。

それでも、庭として成立している。

むしろ、余白があるからこそ
石と松の存在が際立って見えました。

「これでも庭は成立する」

そう教えてくれるような庭でした。


蓬莱神仙庭

こちらも非常にシンプル。

如心庭をコンパクトにした感じ。

一般の庭に応用するなら、むしろこの庭かもしれません。


六道庭ー少しだけ足された庭

六道庭は植栽が少し増えます。

それでも決して詰め込まれてはいない。

石と植栽のバランスが取られ、
どこを見ても過不足がない。

足すことより、
抑えることを優先した庭に感じます。

盆栽の剪定の思想にも通じますね。
どの枝を切るか、よりも
どの枝を残すか。


回廊を歩く体験

庭を見て、回廊を歩き、
また次の庭を見る。

その繰り返しの中で、
視点が少しずつ整えられていく感覚がありました。

庭は一枚の景色ではなく、
連続する体験なんだと気づきます。


もう一度、大方丈庭園へ

一通り巡ったあと、
もう一度、大方丈庭園を見ました。

すると見え方が変わっていました。

最初は「広い庭」だった空間が、
意図を持った余白に見えてくる。

石や植栽の位置に、
意味があるように感じられる。

一度目より、二度目の方が、
設計の意図が見えてくる。


庭は、理解が深まるように作られている

南禅寺の庭は、
ただ眺めるための庭、でもいいですが、
理解が深まるようにも設計されているように思います。

小さな庭で感覚を整え、
最後にもう一度、大きな庭で完成を想像する。


そんな流れがあるかもしれません。


庭づくりに活かすなら

庭は一度で見せきろうとしなくてもいい。

何回みても新しい発見を促す。

季節が変わっても発見。

詰め込まず、

場面を分け、

余白を残す。

そうすることで、
見る人の感じ方が変わっていく。

そう促す設計、

作者の意図、

そんな誘導ができる庭が作れたら素晴らしいですね。

庭は、作り手だけで完成するものではなく、
見る人の心の中で完成するものなのかもしれません。


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更新: 2026/2/12